三食昼寝ブログ

脳梗塞の母/精神不安の嫁のリハビリを経験。それでも楽しく生きる三食昼寝ブログを書いていきます。仕事/人付き合い/絵を描く/食事/猫/三食昼寝ブログが大好きです。

不安をリハビリする【愉快な母の人生】⑤私の冗談は棒読みになる。

母視点で書いてみました。

【地域のサークルに参加】

病院のリハビリが終わって、私はやっと一息ついた。気が抜けた。すると、人の声やテレビの音が耳障りでうるさく感じるようになった。世の中はこんなに忙しなくていいのかと心配になった。

家でのんびり過ごしていると息子に言われた。

「こういうときは滅多にないから、のんびりしなよ。好きな本を読んだり、ウマイものを食べたり、散歩をしたり…」

確かに今は、好きでもないことはしたくない。

しかし、ここで気がついた。 今の私に出来そうなことが思いつかない。したいことも特にない。何度考えても、いい案は浮かばない。

だから、慌てて表に書き出した。タイトルは『口と手のリハビリになるもの』だ。 口は話す、読む、歌う。手は書く、何か作る、と項目をつくり頭の中を整理していく。あとは項目別に具体的なものを見つけるだけだ。 さっそく手元にある区報紙をめくると、コーラス、朗読などが並んでいる。

数日かかったが、地域のサークルにやっと参加することにした。

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➖コーラス➖

コーラスは月3回、2時間ずつ。 歌う前には必ず「腹式呼吸」と「首・肩・手のストレッチ体操」をする。他にもリズム感を養うために「リトミック」「発声練習」がある。

どれもこれも、構音障害のリハビリになる!

しかし練習を重ねるうちに、胸の高鳴りは消えていった。

四分音符がとても速く感じる。歌っていると息が苦しい。肺活量が低下している?腹式呼吸が下手なのか?

リトミックで動きを止めると、前にツンのめって周りの人にぶつかる。この不思議な動きはどうすればいいのか迷う。

「皆さん、歌詞の意味を掴んでください。理解して歌うのとソウじゃないのとでは全然違いますよ。それから、口から上の方の眉間のあたりを響かせるつもりで声を出しましょう。ハーモニーも大切ですから、互いの声を良く聞いてください。はじめは一緒だった響きが、徐々に分かれていく感じです。バラバラではありませんよ。」

先生のアドバイスで余計に分からなくなる。 それでも3ヶ月間練習して高音が出せるようになると、区民音楽祭に出場した。

➖朗読➖

朗読は月1回で3時間。 「ストレッチ体操」「発声」「早口言葉」をまず練習する。 私は元々ゆっくり話す。今は更に間延びして話す。だから、他の会員の足を引っ張らないかとヒヤヒヤだ。

しかし、先生は褒めてくれる。

「あなたのノビノビとした読み方は、きちんと相手の心に届く時間があるわね。朗読の原点を皆に知らせてくれる。だから、速くしゃべらなくても構わないわよ。」

ハムレットの朗読では、自分の分担を最後まで読めるかが問題だった。ただの会話でさえモタつくのに、朗読は更に慎重に読み進めなければならない。どんなに注意していても、途中で何度も舌がもつれる。

先生は言う。

「文章を優しく聞き手の心に届けるつもりで、伝えようとする気持ちが大切なの。器用にこなさなくても、真実が伝わればそれでいいのよ。」

「お願いだから棒読みはしないで。ゆっくりでチットモ構わないけど、この登場人物は冗談を言っているのだから、この人の気持ちで喋ってちょうだい。」

私も分かっちゃいる。けど、冗談だって棒読みになる。

山本周五郎の『失聴記』が題材になったときも、私は文章を味わってなどいられない。耳が聞こえないばかりに友を斬ってしまう話だ。

先生はまた言う。

「肩の力を抜いて、優しい気持ちで読んでちょうだい。」

この頃、リハビリ医に言われた。

「同じ症状の患者さんが、10年くらいしたら少し喋りやすくなったって言っていましたよ。言葉は、一枚一枚と薄皮をむくように効果が出てくるようですね。」

そんな悠長なことを…でも考えてみれば、焦ってもどうにもならない。時間はタップリある。書くことにもチャレンジしてみたくなった。

➖文集➖

文集は月1回で3時間。

家族とともに生きたことを残しておきたい。話すのは難しいが、文章にすると自分の言葉を目で確認できる。パソコンを使うので、手も疲れにくい。

いつでもメモをとるようにした。テレビのニュースは、画面に映るテロップを静止画像にしてメモした。

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➖絵手紙➖

『ヘタでいい。ヘタがいい』の絵手紙の本を見つけた。こんな絵ならマヒした右手でも何とかなりそうだ。すぐ入会した。

絵手紙は月2回、2時間ずつ。 会員たちと一緒に、黙々と筆を動かす。先生も私の横で描いている。

先生は鑑賞のコツを教えてくれる。

「描きたい物を良く見ているだけではダメだよ。筆の持ち方、筆に含ませる墨の量、腕の動かし方も考えないと。紙面に表れないことをいかに感じるか、これが上達の秘訣だよ。」

これら4つのサークルでは、私の後遺症のことを打ち明けた。迷いながらも思い切った。

「エッ!もともと優しい口調かと思ってた。」 「それはどういう病気?」 「何か事情があるのかなって思ってた。」

十人十色の反応だった。病気で不便な生活だが、障害があるからこそ気づけたことがあった。病気のおかげで、今は至福のときではないかと思えてきた。

失語症友の会➖

構音障害者の会を探していると、言語聴覚士に言われた。「失語症友の会ならあります。重い症状の方が多いから、あなた向きかどうか分からないけど、一度見学してみます?」

早速、友の会に参加した。

言語聴覚士の指導で3グループに分かれて、買い物ゲームが始まった。 たくさんのスーパーのチラシの中から20万円分の買い物をして、より20万円に近い買い物ができたら勝ちになった。数万円の家電製品から1カン105円の寿司まで、いろいろ組み合わせて20万円に収めなければならない。

何を買うのか時間をかける人もいれば、電卓を叩きながらセッセと買い物する人もいた。みんなでワイワイと頭の体操になった。

次は言葉のすごろくゲーム。 袋の中からカードを引き、言葉の数だけ進む。すごろくの落とし穴に近づくと「3つの文字は引かないで」「2つはダメだよ」と賑やかだ。

最後は発声練習を兼ねて、『浜辺の歌』『あこがれのハワイ航路』を大きな声で歌う。

「あなたのような方が参加したら、会員も喜ぶでしょう。ぜひ会を盛り上げてください。」と言語聴覚士に誘ってもらった。

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➖再び理学療法

地域のサークル活動を2年近くした頃、私は大ピンチに見舞われた。 足腰を鍛えようと速足で歩いていたら、突然マヒ足に鈍い痛みを感じた。転びも、ぶつけもしないのに、ふくらはぎが腫れあがった。足を動かそうにも今度は激痛が走った。

レントゲンでは異常なし。でもMRI検査で、半月板断裂と判明。半月板は 膝関節の中にあり、骨と骨の衝撃を和らげるクッションの役割をしている。 「足が痛くて…我慢できません。」と整形外科医に訴えたが、感情も言葉も切迫感も上手く伝わらない。診断だけで痛み止めの薬が貰えず、診察は終了。

だが痛い。痛くて我慢できないので、すぐにリハビリ科へ行った。リハビリ医は私の話を黙って聞き、「まずは薬で痛みを和らげましょう。」と言ってくれた。

痛みが軽くなると、ひざにコルセットを巻き、松葉杖を持って理学療法を始めた。

右足はどう動かすの?歩幅は?杖の使い方は?…と、たった一歩を歩く度にわめいた。

今になって理学療法士に言われていた注意を思い出した。

「頑張り過ぎはダメですよ。毎日、少しずつやっていきましょう。」

そしてもう一つ、大間違いに気づいた。

私はリハビリ科の待合室で手足が不自由な患者に会うと、言語障害より手足の不自由な方が良かったのに、と羨ましかった。

でも、自分の身に降りかかってみると、体のどこが悪くても本当に大変だった。